まちづくりの基本理念 〜手間、暇 かけて〜
高度経済成長期以来、大量生産、大量消費、大量廃棄社会の中で「手間なし」「手間いらず」に価値を見出してきたこれまでを反省しなければならない・・・私はそう思っています。だからこそ「手間」と「暇」をかけて、みなさんと一緒に、じっくりと、これからの高根沢町のありようを考え、丁寧に着実に、そしてたくさんの汗をかきながら、この愛する高根沢町をつくってまいります。
高根沢町長 高橋 克法
●町長のメールアドレス
皆様のメッセージをお待ちしております。→町長交際費のページへ
夢だより 風だより−第百十四想−
春に想う
昨年は満足に眺められなかった桜を、 今年は少しだけ落ち着いて眺めることが できました。今日(四月十八日)、元気 あっぷむらは春爛漫、桜は満開。開業当 時幼木だった桜も青年に育ち、あと十年 後には間違いなく桜の新名所になるなと 確信しました。前町長の故岡田幸雄さん が思い描き、種をまいてくださった夢が 着実に現実となってきています。故岡田 町長の肉体は滅びましたが、その思いは 現実の姿として生き続け、私たちに恩恵 をもたらしてくれています。人間はほんとうに何も持たずにひとり で死んでいくものですが、人に与えたも のだけは残ります。どんなに富を築いて もあの世には持っていけませんが、自分 が育てた人や創った文化やいろいろなも のは残っていきます。「死んでもなくな らないもの、それは与えたもの。ならば 人に与えていく人生にしよう」そんな思 いを、故岡田町長の残してくださった桜 の木々が教えてくれています。
梅がほころび桜の蕾が膨らむ季節にな ると、私には必ず思い出される手紙があ ります。町が開設している不登校児童生 徒対象のフリースペース「ひよこの家」 に通級していた生徒の保護者の方からの 手紙です。
『三月に入り高根沢町のあの道この道 どの道を走っても、あふれる思い出で胸 がいっぱいになりました。ひよこの家に 通い始めて二年と十ヶ月間、大変お世話 になりました。高根沢で過ごしたどの時 間も大切に抱いて、この道のりの先に立 っていようと思います。「どこで学ぶか ではなく、なにを学ぶか」子どもも親も、 じっくりと確実に一番大事なことを学ん だと、今は笑顔で言えます。ひよこの家 は私たちにとって、とても大切なスペー スでした。「今はこんなに近く感じられ て嬉しい」とは、娘が書いてくれた両親 への手紙の言葉です。高根沢町、本当に ありがとうございました。関わってくだ さった全ての方々のお陰です。こんなに 自 信に満ちた顔で娘がこの町を巣立って いくことができ、心から感謝しておりま す。』(平成二十一年三月二十三日付)
『いじめによって不登校となり、背を丸 くし笑顔を失っていた娘は、今では背筋 をピンと伸ばし笑顔で元気にしています。 先日、ひよこの家で終業式がありました。 娘はチカラをもらったひよこの家をこの 日で最後とし、四月からは中学校へ行く と考えています。毎回帰りの車中でひよ この家であった出来事を楽しく嬉しそう に話してくれます。この終業の日、いつ もとは違った格好をした学生服の男子生 徒がひよこの家にいました。中学校の終 業式に出席してからひよこの家に来たそ うです。その生徒も四月から学校へ行く と決意したとの事。指導員の方がその子 に「疲れたらいつでも遊びに来ていいか らね」と声を掛けたそうです。その子は 「いや僕はもう来ない。僕にはやりたいこ とがある。だからもう来ないよ」私は涙 がこぼれるのを抑えきれずに車を止め、 娘には花粉症だからとごまかしながら泣 きました。大人が考えている以上に悩ん でいる子供達にとって、ひよこの家は一 筋の光を、水分を与えてくれる場所なの でしょう。後は子供達自身が芽を出し、 茎を伸ばし葉をつけ、綺麗に花を咲かせ ることでしょう。桜咲く四月、娘もその 子も、もしかしたらまたブレーキが掛か ってしまうことがあるかもしれません。 そんな時は私たち大人が、また動くこと ができるように温かく見守っていこうと 思います。』 (平成二十二年三月二十九日付)
中学校に戻ったこのお嬢さんは『おぉ、 そうか』という詩を書き、それがある月 刊誌に掲載されました。
幸せとはなんだ 心から笑えることがあることだ
おぉ、そうか
不幸とはなんだ 幸せにたどりつく前の 水たまりだ
おぉ、そうか
愛とはなんだ 立ち止まってみれば みえてくるものだ
おぉ、そうか
生きるとはなんだ 生きることの意味を 探すことだ
僕はいま、探している
「ひよこの家」に対する評価は賛否両 論で す。「ひよこの家は逃げ道だ」「こん なものがあるから学校に戻らないのだ」 「甘えにしかならない」。そうでしょう か?学校復帰を強制することが決してよ い結果を生まず、本人を、家族を、そし て先生をどれだけ苦しめてきたこ とか。
「どこで学ぶかより何を学ぶかが 大切。人生は長距離走、本物の長 距離ランナーは序盤中盤はたいし たことがなさそうでも、最終段階 ほど見事である。その人の凄みは 最後に見えてくるのだ」これは私 の持論ですが、ひよこの家の子ど もたちはまさにそれを実証してく れていると思えてならないのです。